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♪だんごとタイルの数はおーなーじー♪
 文芸班のヨーゼフ・KYOです。前回の水道方式の話の続きから。

 齋藤ディレクターを中心とした打ち上げの席で水道方式は遠山啓さんによるもので、齋藤さん自身は遠山さんに会うことが出来なかったという話が出ました。
 遠山啓さんといえば、安野光雅さんの「はじめてであうすうがくの本」シリーズに監修として名前の出ていた人だとその時気付きました。
 安野光雅さんについては前に「ABCの本」「あいうえおの本」のことを書きましたが、「はじめてであうすうがくの本」シリーズも何度となく図書館で借りてきては食い入るように見ていた思い出深い本です。
 チビとノッポのこびと君コンビが、幼稚園児にも興味を示せるように数の概念やトポロジィ等の考え方を導く絵本のシリーズです。

 遠山さんのことで久々図書館の児童書コーナーでシリーズの「かずのだんご」を借りてきました。
 数量を現すために絵を簡略化してだんご(丸)を描こう⇒だんご(丸)だと積み上げづらいから四角にしよう⇒9個積み上げたら倉庫がいっぱいになったから、10個をひとまとめにして左隣におこう。
 小さな子供にもわかるようにタイルでの数量を現すことから十進法の考え方までを導いています。

 ほかには以下のようなのがありました。

「みずをかぞえる」
 水(液体)はもの(固体)のように数えられない⇒基準になるコップを決めてそれの何杯分かとしてかぞえる(量る)⇒コップに余ってしまう分はどう考える?⇒コップに半分以上は「1杯」とみなし、半分に満たないものは「0杯」とする。⇒四捨五入の考え方。

 これのみ赤茶けた二色刷りの「もじあそび」は、国語のカテゴリーに含まれると見なしたのか、後に合本する際はこのシリーズから外されたのでしょうか。これも数学の考え方を導いています。
 ひらがなのカードを並べ替えていくつの言葉が作れるか(アナグラム遊び)ということから始まります。
 2枚のカード「す」「な」では?⇒「すな」「なす」の1×2=2通り。
 3枚のカード「と」「け」「い」では?⇒「とけい」「けいと」等1×2×3=6通り。
 4枚のカード「た」「い」「そ」「う」では?⇒「たいそう」「いたそう」等1×2×3×4=24通り。
 5枚のカード「こ」「も」「り」「う」「た」では?⇒「こもりうた」「もうこりた」等1×2×3×4×5=120通り。
 数式こそ出てきませんが、確率・統計学で用いる階乗計算につながります。

 安野光雅さんはこのシリーズを作るにあたり「なかまはずれ」(ある集合からそれと違うものを選び出す)「くらべてかんがえる」(二つの絵を比較して違うところを見付ける)等を含めるシリーズを数学と呼んでよいものだろうかと思い、遠山啓さんに相談されたそうです。
「このように順序立ててものを考えることこそが数学なのです。」という言葉をいただき納得されたといことです。

 これらの本は後に三冊の合本にまとめられましたが、その際には「遠山啓・監修」というのが消えています。ひょっとしたら遠山さんから前の言葉をいただいたことから監修者として名前を挙げたのかなとも思いましたが、実情は知りません。

 ちょうどテレビでカリキュラを楽しんでいた頃を前後してであった本で、カリキュラ同様私にとって思い出深い本です。

ヨーゼフ・KYO

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♪ゴリラとタイルの数はおーなーじー♪
 文芸班のヨーゼフ・KYOです。11月21日の齋藤ディレクターへのインタビューの話の続きから。

 カリキュラムの話の際、算数に遠山啓さんの「水道方式」を用いられたそうで、例の白い真四角のタイルを用いる考えはこれによるものです。
「ただ『10のたば』という呼び方はカリキュラの際のアレンジで『水道方式』では名称は忘れましたが別の呼び方をしていました。『10のたば』と変えたのは、その呼び方だとリズムがよくないからです」
 この話からさっそく水道方式についてネットや図書館を使って調べました。水道方式では「10のかんづめ、びんづめ」と呼んでいたようです。
「10のかんづめ」は10枚のタイルが集まり境目がなく長方形の状態、「10のびんづめ」は透けて見えることから集まってはいるが境目を残した状態で桁の違う計算に用いるという考えでしょう。
 小学校時代の先生よりカリキュラのようにタイルを使って計算を教えていただいたということを前にも書いたと思いましたが、その先生は「10のかんづめ、びんづめ」と呼んでいました。
 私自身がカリキュラだけでなく水道方式にも教えられたのだと今になってわかりました。

ヨーゼフ・KYO
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斎藤ディレクターにズームイン!!
 文芸班のヨーゼフ・KYOです。

 「平成カリキュラマシーン研究会」では、2011年11月21日にカリキュラマシーンの名実共に顔ともなった斎藤太郎さんへのインタビューを行いました。ディレクターでありながらナレーションや出演までこなした人で、最後に「じゃあまた」という人ですね。

 今回はインタビュアーをいなだ編集長が勤め、撮影はじんのすけさん、途中から私、ヨーゼフ・KYOが加わりました。場所は吉祥寺の音楽スタジオにて行いました。

 インタビューではカリキュラ制作までのアウトラインからカリキュラムと台本制作について伺うつもりだったのですが、インタビュー時間の2時間では収まらない内容で、結局ゲバゲバ制作までのお話までしか伺えませんでした。なにぶん40年近く前のこと斎藤ディレクターも思い出しながら語っていただいたこともありました。

 その後は近くのビアホールでの打ち上げ、じんのすけさんが持ってきたノートパソコンでYouTubeや第二日テレで見られるカリキュラやゲバゲバの映像を見ながら斎藤ディレクターは思い出しながらとても興味深い話をいくつも語られました。
 「行の唄」ではテスト版として作られた音楽担当の宮川泰さんの歌が本放送でも用いられましたが、宮川さんは人の歌の曲を作ることはあっても自らテレビで歌うことはなかったので、「テレビでお父さんの歌が放送された」と宮川さんの家族から喜ばれたそうです。
 またカリキュラのテーマソングについても宮川さんから聞かせてもらうと、斎藤ディレクターでもすぐには歌えないようなジャズ・スキャットを子供たちが歌っているので驚かされたそうです。
 私が昔ネットの古本屋で入手した「ちょんまげ90分」の台本を見ていただきました。表紙にゲバゲバおじさんが頭にちょんまげをつけて刀を持っているイラストが描かれているのですが、「これは井原高忠さんにより描かれたものです」と教えていただきました。そういえばアニメの木下蓮三さんのタッチにして少し丸っこいな。
 他にもたくさんの面白いお話を伺いました。こういう話をどうやって本にまとめ後世に残すかが今後の課題のひとつになりそうです。

 一カリキュラファンとしてとても貴重で楽しい時間をすごさせていただきました。
ヨーゼフ・KYO
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著作権ってなんだろう?
 文芸班のヨーゼフ・KYOです。この前の10月25日の食事会の報告の続きから。

 吉祥寺での食事会の席で、浦沢義雄さんから著作権のことで面白い話を伺いました。
 中国の市場が広がるにつれて著作権の考え方自体が薄れていくということです。
「海外にアニメが輸出されることによりこの著作権によって印税が入ってくるのは有難いのだが、本来この著作権の考え方自体がおかしい。芸術とはもともと物真似から入るのだから、それ自体に権利料なんてない。ビートルズ時代あたりから発生した悪い習慣だ。」
 それではものを作る人達の苦労はどうなるのか等皆さんでの議論の対象となりました。

 私自身はカリキュラマシーン研究のため当時のセサミストリートやエレクトリックカンパニーの映像を見たいと思った際真っ先に調べるのがYouTubeで、幼い頃見ていた懐かしい映像が通信料のみで見ることが出来ます。こんなのを見ていると著作権とは何で本当にあるのかなと思う時があります。
(そういえばたまに著作権等のことで閲覧出来なくなったデータもあるようですね。)

 作品は作者の手を離れてしまえば公共のものかも知れませんが、作者の不本意のところでひん曲げられたり悪用された際にストップをかけられる権利が著作権なのかなともふと思いました。

 カリキュラマシーンのDVDが発売された際、脚本家は複数いたのですが、DVD売上の印税は書いた量に関わらず一律同金額が脚本家達に支払われたそうです。これは30分年以上経ち誰がどれだけ書いたのか明確化しづらくなったことと、前回書いたようにチーフライターだった松原敏春さんが修正を加えたものも多かったからです。この話から前回書いた松原さんのチーフライターとしての仕事の話に繋がっていきました。

 平成カリキュラマシーン研究会では、カリキュラマシーンの出演者やスタッフへのインタビューの依頼をかけています。また面白い動きがあったら報告します。
ヨーゼフ・KYO
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吉祥寺での食事会
 文芸班のヨーゼフ・KYOです。

 平成カリキュラ研究会では、カリキュラマシーンの研究のため10月25日にカリキュラマシーンの脚本家の一人だった浦沢義雄さんのインタビューを取ることが出来ました。インタビュアーはディレクターでもあった我らが宮島将郎さんです。
 残念ながら私はそのインタビューの席には同席出来なかったのですが、その後吉祥寺での食事会から参加することが出来ました。食事会にはディレクターにして出演者、ナレーション迄担当された齋藤”ギニョ”太郎さんも出席していただきました。
 前々から興味のあった木下蓮三さんのアニメについてうかがいました。ゲバゲバのオープニング集を前に見せていただいた際、実写の出演者が途中からアニメ合成でお化けのような顔になったり風船みたいに膨らむのがあり、それは今見てもよく出来ていると話すと、フィルムに1秒間24コマ入り、コンマ数秒の地点でカットするのが難しいということ、僕らに想像も出来ない回答世界です。
 話しは主に齋藤さん、宮島さん、浦沢さんにより進められ、僕らは聞き手に周りました。

 松原敏春さんのチーフライターという仕事はどんなことをしていたのか興味があったのですが今回伺えました。
松原さんはゲバゲバのチーフライターだった河野洋さんがライターを止める際自分の後任へと推薦されたようです。チーフライターの仕事には他のライターが書いた台本をディレクターと話し合って修正することがあったようです。
 ここで齋藤ギニョさんの有名なコイシツ伝説も当人から伺えました。台本の出来がしっくりこないので、夜松原さんの家を訪ね徹夜で台本を直したこともあったようです。ギニョさん曰く「雑巾みたいに絞れるだけ絞ればいいものが出てくる。」
 松原さん自身はもともとドラマの世界に行きたかったようで、松原さんがその希望を出した時齋藤さんは泣く泣く松原さんを手放されたということです。松原さんが離れてからは齋藤さん自身もギャグ番組から離れられたようです。

 浦沢さん、宮島さんが途中で帰られた後からも、齋藤さんはゲバゲバでは準備期間を含めて大変だったこと等を思い出しながら語っていただきました。
 帰る際カリキュラファンとしてのプレゼントとしてカリキュラの覚えているギャグを書き出したものを渡すことが出来ました。(今日インタビューをした浦沢さんにも同じものを渡すつもりでいたのですが、途中で帰られたこともあり渡せませんでした。ごめんなさい、後日渡す方法を考えます。)

 食事会で質問することも考えていたのですが、楽しい食事を邪魔しないためこの席では控えました。
齋藤さんには回を改めて質問の席を設けることとなります。齋藤さんは僕らの疑問に期待以上の回答や資料を用意してくれると思えるので、僕ら自身も相当に「コイシツ」になればきっと素晴らしい本が出来上がることでしょう。なれるかな?

ヨーゼフ・KYO



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