♪だんごとタイルの数はおーなーじー♪
2011.11.25
23:43:46
文芸班のヨーゼフ・KYOです。前回の水道方式の話の続きから。
齋藤ディレクターを中心とした打ち上げの席で水道方式は遠山啓さんによるもので、齋藤さん自身は遠山さんに会うことが出来なかったという話が出ました。
遠山啓さんといえば、安野光雅さんの「はじめてであうすうがくの本」シリーズに監修として名前の出ていた人だとその時気付きました。
安野光雅さんについては前に「ABCの本」「あいうえおの本」のことを書きましたが、「はじめてであうすうがくの本」シリーズも何度となく図書館で借りてきては食い入るように見ていた思い出深い本です。
チビとノッポのこびと君コンビが、幼稚園児にも興味を示せるように数の概念やトポロジィ等の考え方を導く絵本のシリーズです。
遠山さんのことで久々図書館の児童書コーナーでシリーズの「かずのだんご」を借りてきました。
数量を現すために絵を簡略化してだんご(丸)を描こう⇒だんご(丸)だと積み上げづらいから四角にしよう⇒9個積み上げたら倉庫がいっぱいになったから、10個をひとまとめにして左隣におこう。
小さな子供にもわかるようにタイルでの数量を現すことから十進法の考え方までを導いています。
ほかには以下のようなのがありました。
「みずをかぞえる」
水(液体)はもの(固体)のように数えられない⇒基準になるコップを決めてそれの何杯分かとしてかぞえる(量る)⇒コップに余ってしまう分はどう考える?⇒コップに半分以上は「1杯」とみなし、半分に満たないものは「0杯」とする。⇒四捨五入の考え方。
これのみ赤茶けた二色刷りの「もじあそび」は、国語のカテゴリーに含まれると見なしたのか、後に合本する際はこのシリーズから外されたのでしょうか。これも数学の考え方を導いています。
ひらがなのカードを並べ替えていくつの言葉が作れるか(アナグラム遊び)ということから始まります。
2枚のカード「す」「な」では?⇒「すな」「なす」の1×2=2通り。
3枚のカード「と」「け」「い」では?⇒「とけい」「けいと」等1×2×3=6通り。
4枚のカード「た」「い」「そ」「う」では?⇒「たいそう」「いたそう」等1×2×3×4=24通り。
5枚のカード「こ」「も」「り」「う」「た」では?⇒「こもりうた」「もうこりた」等1×2×3×4×5=120通り。
数式こそ出てきませんが、確率・統計学で用いる階乗計算につながります。
安野光雅さんはこのシリーズを作るにあたり「なかまはずれ」(ある集合からそれと違うものを選び出す)「くらべてかんがえる」(二つの絵を比較して違うところを見付ける)等を含めるシリーズを数学と呼んでよいものだろうかと思い、遠山啓さんに相談されたそうです。
「このように順序立ててものを考えることこそが数学なのです。」という言葉をいただき納得されたといことです。
これらの本は後に三冊の合本にまとめられましたが、その際には「遠山啓・監修」というのが消えています。ひょっとしたら遠山さんから前の言葉をいただいたことから監修者として名前を挙げたのかなとも思いましたが、実情は知りません。
ちょうどテレビでカリキュラを楽しんでいた頃を前後してであった本で、カリキュラ同様私にとって思い出深い本です。
ヨーゼフ・KYO
齋藤ディレクターを中心とした打ち上げの席で水道方式は遠山啓さんによるもので、齋藤さん自身は遠山さんに会うことが出来なかったという話が出ました。
遠山啓さんといえば、安野光雅さんの「はじめてであうすうがくの本」シリーズに監修として名前の出ていた人だとその時気付きました。
安野光雅さんについては前に「ABCの本」「あいうえおの本」のことを書きましたが、「はじめてであうすうがくの本」シリーズも何度となく図書館で借りてきては食い入るように見ていた思い出深い本です。
チビとノッポのこびと君コンビが、幼稚園児にも興味を示せるように数の概念やトポロジィ等の考え方を導く絵本のシリーズです。
遠山さんのことで久々図書館の児童書コーナーでシリーズの「かずのだんご」を借りてきました。
数量を現すために絵を簡略化してだんご(丸)を描こう⇒だんご(丸)だと積み上げづらいから四角にしよう⇒9個積み上げたら倉庫がいっぱいになったから、10個をひとまとめにして左隣におこう。
小さな子供にもわかるようにタイルでの数量を現すことから十進法の考え方までを導いています。
ほかには以下のようなのがありました。
「みずをかぞえる」
水(液体)はもの(固体)のように数えられない⇒基準になるコップを決めてそれの何杯分かとしてかぞえる(量る)⇒コップに余ってしまう分はどう考える?⇒コップに半分以上は「1杯」とみなし、半分に満たないものは「0杯」とする。⇒四捨五入の考え方。
これのみ赤茶けた二色刷りの「もじあそび」は、国語のカテゴリーに含まれると見なしたのか、後に合本する際はこのシリーズから外されたのでしょうか。これも数学の考え方を導いています。
ひらがなのカードを並べ替えていくつの言葉が作れるか(アナグラム遊び)ということから始まります。
2枚のカード「す」「な」では?⇒「すな」「なす」の1×2=2通り。
3枚のカード「と」「け」「い」では?⇒「とけい」「けいと」等1×2×3=6通り。
4枚のカード「た」「い」「そ」「う」では?⇒「たいそう」「いたそう」等1×2×3×4=24通り。
5枚のカード「こ」「も」「り」「う」「た」では?⇒「こもりうた」「もうこりた」等1×2×3×4×5=120通り。
数式こそ出てきませんが、確率・統計学で用いる階乗計算につながります。
安野光雅さんはこのシリーズを作るにあたり「なかまはずれ」(ある集合からそれと違うものを選び出す)「くらべてかんがえる」(二つの絵を比較して違うところを見付ける)等を含めるシリーズを数学と呼んでよいものだろうかと思い、遠山啓さんに相談されたそうです。
「このように順序立ててものを考えることこそが数学なのです。」という言葉をいただき納得されたといことです。
これらの本は後に三冊の合本にまとめられましたが、その際には「遠山啓・監修」というのが消えています。ひょっとしたら遠山さんから前の言葉をいただいたことから監修者として名前を挙げたのかなとも思いましたが、実情は知りません。
ちょうどテレビでカリキュラを楽しんでいた頃を前後してであった本で、カリキュラ同様私にとって思い出深い本です。
ヨーゼフ・KYO
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