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吉祥寺での食事会
 文芸班のヨーゼフ・KYOです。

 平成カリキュラ研究会では、カリキュラマシーンの研究のため10月25日にカリキュラマシーンの脚本家の一人だった浦沢義雄さんのインタビューを取ることが出来ました。インタビュアーはディレクターでもあった我らが宮島将郎さんです。
 残念ながら私はそのインタビューの席には同席出来なかったのですが、その後吉祥寺での食事会から参加することが出来ました。食事会にはディレクターにして出演者、ナレーション迄担当された齋藤”ギニョ”太郎さんも出席していただきました。
 前々から興味のあった木下蓮三さんのアニメについてうかがいました。ゲバゲバのオープニング集を前に見せていただいた際、実写の出演者が途中からアニメ合成でお化けのような顔になったり風船みたいに膨らむのがあり、それは今見てもよく出来ていると話すと、フィルムに1秒間24コマ入り、コンマ数秒の地点でカットするのが難しいということ、僕らに想像も出来ない回答世界です。
 話しは主に齋藤さん、宮島さん、浦沢さんにより進められ、僕らは聞き手に周りました。

 松原敏春さんのチーフライターという仕事はどんなことをしていたのか興味があったのですが今回伺えました。
松原さんはゲバゲバのチーフライターだった河野洋さんがライターを止める際自分の後任へと推薦されたようです。チーフライターの仕事には他のライターが書いた台本をディレクターと話し合って修正することがあったようです。
 ここで齋藤ギニョさんの有名なコイシツ伝説も当人から伺えました。台本の出来がしっくりこないので、夜松原さんの家を訪ね徹夜で台本を直したこともあったようです。ギニョさん曰く「雑巾みたいに絞れるだけ絞ればいいものが出てくる。」
 松原さん自身はもともとドラマの世界に行きたかったようで、松原さんがその希望を出した時齋藤さんは泣く泣く松原さんを手放されたということです。松原さんが離れてからは齋藤さん自身もギャグ番組から離れられたようです。

 浦沢さん、宮島さんが途中で帰られた後からも、齋藤さんはゲバゲバでは準備期間を含めて大変だったこと等を思い出しながら語っていただきました。
 帰る際カリキュラファンとしてのプレゼントとしてカリキュラの覚えているギャグを書き出したものを渡すことが出来ました。(今日インタビューをした浦沢さんにも同じものを渡すつもりでいたのですが、途中で帰られたこともあり渡せませんでした。ごめんなさい、後日渡す方法を考えます。)

 食事会で質問することも考えていたのですが、楽しい食事を邪魔しないためこの席では控えました。
齋藤さんには回を改めて質問の席を設けることとなります。齋藤さんは僕らの疑問に期待以上の回答や資料を用意してくれると思えるので、僕ら自身も相当に「コイシツ」になればきっと素晴らしい本が出来上がることでしょう。なれるかな?

ヨーゼフ・KYO



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